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表ブログでは言えない四十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2018年12月15日 (土) | 編集 |
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せっかくあちらへ行くので、施設に入った伯母のところによる。

私は毎年逢ってはいるが、弟は10年ぶりかもしれない。

父より10も年上で、車椅子になっていることもあり、弟が会える機会もそうそうないだろうと


ただ父のことは伯母には伏せてある

いや、一生言うつもりはない

そこは従兄弟とも打合せ済み


父の容態は変わっていない

大丈夫だよ


そういい続ける


なので弟にも聞かれたら「会社の設立記念で休みがとれた」とでも言ってごまかす様にと伝えた。

認知症が多少あるものの、食欲もあり、しっかり話す

以前はきざみ食だったのが、少し荒めのきざみ食になり、ご飯もおかゆから普通食になっていたところをみると、伯母もこの暮らしになれ落ち着いたのだろう。


父の分まで長生きして欲しい


そう思い、お寺に向かった。


親戚の家に寄り、打合せ通り、弟達は出て行った。

葬儀屋さんからは「離壇でお金を要求よるお寺なんて普通はない」とは言われたが、あの葬儀後のお金うんぬん話が思い出され、後からお金の話をされても嫌なのである程度包んで若住職に渡すことにしていた。


1時間ほどで帰ってくるかなと思っていたらずいぶんと帰ってこなく、やはり何かあったのかと心配したが、遅くなった原因を聞いて驚いた。


納骨堂には明治の頃から先祖が皆、眠っていたという


高祖母、曾祖父母、祖父母、父の実母、幼くして亡くなった父の兄姉妹・・・。

てっきり古いお骨は供養され合祀されていると思っていたが、そのまま居たらしい


一番古い高祖母は没年から逆算すると1850年生まれだった


明治じゃなくて江戸時代だよ(汗)


ご維新を乗り越え、未開の地にやって来た女はさぞ強かっただろう


父から話には聞いていたけれど、初のご対面だった


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