表ブログでは言えない四十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2018年03月08日 (木) | 編集 |
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仕事中、スマホが鳴った。

見ると父の入院先から

慌てて別室に駆け込み、電話に出ると、先生の午後の回診時間に病状の説明をしたいので、来れないかという事。

ここ暫く父の調子が良くなくて、変化を感じるたびに看護婦さんに説明を聞きにいって、その内容からまぁ命に係わるものではないと思っていたのだけど、先生からの話なんて何か良くないことが判明したのかな・・・

急遽、外出届を出し、指定された時間より早めに行く。

父は月曜に比べて発疹も少なくなって落ち着いてきたかのように見える。

まだ顔をはじめ、全身ブツブツと赤いけれど、峠は越したような気がする。

久しぶりに先生と面談

内容としては今まで看護婦さんから聞いていたほぼ内容と同じで、腸を動かす薬の他に、人工呼吸器からの痰の漏れも多いので痰を押さえる薬もいれていたそうで、薬疹の原因がはっきりしないので今は辞めているとのこと。

薬疹はまた治まっていないが、様子を見にがらステロイド剤を使用すること。

また腸に負担がかかるので、ここ数日は栄養も止めていたけれど、少し便が降りたので、お腹の張りも少なくなったし、それも様子を見ながら再開しましょうという事だった。

とりあえず、大きな悪い変化は無かったのでほっとした。

あまり頻繁に詰所に聞きに入っていたから、看護婦さんが気を使って先生との面談をセッティングしてくれたのかな(汗)

10年も寝たきりだと色んな薬も使っているし、アレルギーとかも出やすくなるのかな・・・

このまま回復に向かってくれるといいけれど。

惰性になりつつあった毎朝の神棚にここ数日は手を合わせるときは父のことをおねがいするようになっている。

ほんと、困ったときの神頼み

よく言ったものだ。

神様、お願い、見捨てないで。

懲りずにやっぱりそう願ってしまう。

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2018年03月06日 (火) | 編集 |
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月曜日に父の様子を見に行く

土日は所用もあり、行かなかったが、ちょうど点滴を開始してから1週間

少しは薬が効いているかな・・・と思い顔を見ると金曜日に赤く感じた顔がさらに赤い

というか赤黒い

それになんだか顔中に発疹が出ている?

人工呼吸器の陰になっていて気がつかなかったが、寝巻きをずらすと体中に真っ赤な発疹。

点滴と言う普段より多い水分が体内に入っているのにも係わらず排尿も少なくなり、土曜日は300mlしか出ていなく、尿測が開始されていた。

慌てて詰所に行き、聞くと、どうも薬疹が出たよう。

薬が原因での発疹は「薬疹」というそうで、点滴した薬が合わなかったのか、何かのアレルギーが出たのか・・・
まぁぶっちゃけ「副作用」ってことだよね。

「薬を辞めて、今は(抗?)ヒスタミンを点滴している」とのことだけれど、こういうこともあるんだ・・・

腸を動かす薬を中断してから排尿は戻り、1日に900mlほど出た日もあるので一安心しているのだけれど、体力や抵抗力が無くなってる人だと些細な変化で体に影響を及ぼすんだなぁと

なんとか落ち着いて欲しい・・・

苦しくても痛くても自分で訴えることの出来ないので
目に見える症状が出てからじゃないと対処してもらえないのが可哀そう

私に至っては見守るだけで何もできない

状態を見て、詰め所に質問するのが精いっぱい

せっかくの誕生日を迎えられたのに、そんな感じで何だかハラハラドキドキしている日々を送っている。

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2018年02月27日 (火) | 編集 |
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父のところへ顔を出すと、点滴袋が2つ下がっている。

点滴の袋をみると輸液なので使われている薬剤名はわからない
薬剤はこの輸液の中に混ぜているのだろう。
薬剤名が判らなければ、どの症状に対処しているかもわからない

詰所に行き、状態を聞くと、排便の出が悪いので腸を動かす薬を入れているとのこと。

今までも便秘の状態が続くと胃ろうから排便を促す薬(下剤)は入れていたのだけど、恐らく今回はそれが効かないのたろう。
摘便も(-)となっているから便自体が直腸まで下りてこないのだろうな。

お腹は張っているものの、とりあえず発熱もないようだし、今のところあまり心配はしていないのだけれど、こういう事があると色々考えてしまう。

倒れてから10年近く

元々大病もせず健脚だったお陰で、体力もあったけれど、やっぱり色々衰えてくるのだろうな・・・と

ゆっくりゆっくりとそれからの機能が低下して、色んなことが出てくる。

今まで使えた薬も利かなくなってくる。

病気と言うより、体の器官の寿命と言うか

ずーっとこのままの生活が続くと感じられていたけれど、いつかは終わりがやって来る。

その日を考えると辛くて仕方が無い

考えたくは無いが、いつかはやって来る。

それが人間の寿命。

それでも思わずにはいられない

それがずーっとずーっと先のことでありますように・・・と。


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2018年01月02日 (火) | 編集 |
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子供たちにしたら正月ならではのお楽しみ、「お年玉」

働き出したらもらえなくなるのは当然だけれど、成人してても学生のうちはもらえる人も多いよう。
今は小学生でも1万円とか、高校生大学生なら数万という場合もあって、すごいなぁと思ってしまう。

親も大変だよね

物入りの年末年始に加えて自分の子供のお年玉
まして何処かへ行けば自分の子にも貰えるけれど
相手方に子供がいれば同じように数万出ていくんだから。

私は幸か不幸かそういう存在がいないのでお年玉をあげたという記憶がない

ある意味、寂しい人生だけど(笑)貧乏なのでそれはそれで助かってもいる。

子供頃は父から少しはもらえていたかなぁ・・・
母がいたときは父を置いて母の実家へ帰ることもあったし、そうすれば祖父母からもお年玉はもらえた。

するとね、母は言った。

「持っていたら使っちゃうから、貯金しておいてあげる」って
郵便局の私名義の真新しい通帳を見せて言うのね。

子供心に自分名義の通帳があるなんて大人の仲間入りしたようで嬉しいでしょ

そして入金したら
「ほら貯金しておいたよ」って見せてくれる。

通帳に輝く10,000の文字

それに気をよくしてせっせとお年玉を母に預けていたわけ

父と母が離婚して、そういたことも無くなり、もちろんお正月に何処かへ出かけるという言もないから父からもらう5000円のお年玉のみ。

そうするとあっという間に使っちゃうのよね。
やっぱり欲しいものはあるわけで、月の小遣いじゃ全然足りないわけだから

高校卒業するまで貯金なんてしたことなかったし、出来なかった。

働き出して、貯金していかなきゃと思ったとき、そういや昔、郵便局の通帳を作っていたことを思い出して探したけれど、母が管理していたし、通帳自体か見つからなかった。

郵便局で通帳の再発行という形で通帳を作り、子供の頃せっせとお年玉を貯金していたのを思い出し、数万は入っているであろう通帳をわくわくしながら開けてみたら・・・

残高、数百円(爆)

なんのことはない、子供を言い含めてちゃっかりすべて母が巻き上げていたってこと。

バカだねー私

離婚するとき、レコードプレーヤーから炊飯器から家財道具を一切合切持ち出した母だけど、子供のなけなしの小遣いも持ち去っていたなんて・・・

子供の頃のお年玉の話になると、その事が思い出せれるけれど、幸せな家庭で育った人たちの中で、そんな過去は口が裂けても言えず、「へぇそうなんだー」とお茶を濁している私でした。


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2016年11月23日 (水) | 編集 |
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昨日TVで泥棒の手口などを紹介していてふと思い出した。
ウチも気づかないだけで入られていたかもしれないなーと
実際、庭の私が歩かないない処に足跡が付いていたこともあったし

今は絶縁となって居る弟は根本的に何処かおかしいんじゃないかと思う程だらしがない。

戸を閉める事はまずしない
寒い冬でもドアを開けっぱなしにして行動する。
他の人が寒かろうと関係なし
何かを使ったら使いっぱなし
汚い、気持ち悪いという言葉は存在しないかのように他人の物でも平気で使う

その中でも参ったのが、窓の鍵、玄関の鍵をかけない事

しかも友人の都合上、私が寝た深夜1時くらいに遊びに行くのでチェックしようがなかった。
いくら田舎とはいえ、無施錠の家に女(私)1人で無防備に寝ているという状態を何も感じない弟の身勝手さにもほとほと呆れたけれど。

実家の鍵はきちんと渡してあるにも関わらず、昼夜を問わず玄関と窓の鍵を開けて出かける。一応都内に住んでいるのに、何故に防犯という意識がないのか私には理解できないが、弟が都会へ戻った後に外からふと見ると1階の弟が使った部屋の窓の鍵が開いていてヒヤッとしたことが何度かある。

電話して理由を聞けば、鍵を忘れたから、出かけている時に鍵をかけられたら家に入れなくなるから、念の為に窓の鍵を開けていて忘れたというのだけど、1度だけならまだしもその後は注意して鍵をきちんも持ってくればなんて事はない事なく時間を空ければ忘れたように繰り返す。夏ならまだしも寒いこの北海道で冬に窓を開けるという事すら思いもつかなかった私も帰った後も点検することはなく、しばらく窓に鍵がかかっていなかったという事もあった。

いくら田舎とはいえ、日中は働いていて無人、
朝7時半から夜9時近くまで留守の家なら泥棒も入り放題だっただろう

だって家の前に車があれば在宅
無ければ留守というとってもわかりやすい家だものね。

普通、「鍵を忘れたから貸して」と言うとか、締め出されたらチャイムを鳴らすとかで済む話なのだけど、言うより「都合の悪い事を隠す」ことを選ぶ弟に会社でもこんな仕事の仕方をしているのだろうか・・・と思ったりしたのだけど、聞いたって「都合の悪い事は隠す」のが当たり前なので正直に言うはずもなく

渡した実家の鍵も帰省の時に持ってくることは殆どなく無用の長物だった。

よく汚部屋でも他人に迷惑をかけないのだから気にしないという人が言うけれど、だらしない人は他人に迷惑をかけていることに気が付いていないだけ・・・という事もあると弟が体現している。

だから玄関ドアを替えた時は本当に安心した。

取られる物のない貧乏実家だけど、そんな弟のせいでもし泥棒に合いカギでも作られていり、盗まれていたら、いつでも泥棒が入り放題だったわけで、玄関ドアを変えたことはそんな恐怖から逃れる事が出来たからだ。

当たり前だけど、そんな事があっても弟からの援助はない

せっかくドアを変えたけれど、縁あってこちらで暮らすことになった。
実家は殆ど空き家同然となったし、弟にも新しい鍵は渡してあるけれど合鍵が簡単に作れない玄関にしただけ離れていても安心できる。
取られるものは何もなくても、やっぱり怖いし気持ち悪いものね。

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