表ブログでは言えない四十路びんぼーおひとり様の心のつぶやき
2017年08月06日 (日) | 編集 |
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名ばかりといえ、ウチは「本家」に当たる

父は幼い頃からそこの親戚たちと交流があり、死んだ生きたとなれば、飛行機に乗っても参列していた。私は何度かその故人にお会いしたことは会ったけれど、葬儀会場に入っても、ほぼ知っている人はいない
喪主にあたる奥様に「どちら様」と問われる始末(汗)

父の名前を出すとすぐに判ってくれ、「遠いところからありがとう」と親族と一緒に会場に寝泊りまでさせてもらった。
20年以上前の祖父の葬式の記憶と、父から聞いていた親族関係を思い出しながら、一夜を共にした。
父の従兄弟に当たる人達からは父の話も聞かせてもらった。

4時間以上運転してはるばる来たけれど、参列してよかったと思った。

親族席に座り、遺影を眺め、読経を聞きながら、いずれやってくる父のその時を思った。

こんなに立派なお式は出来ないだろう
父の従兄弟たちももう80を超える
来てくれるそんなに親族もいない。
お通夜の後の集合写真さえ少なすぎて撮れないかも知れない。
どういう形にするかちょっと考えてしまった。

今回の不幸の事は伯母の息子になる従兄弟には伝えた。
参列すると言っていたので、寄らずに会場へ直行したのだけれど、その会場で見渡したけれど、従兄弟の姿は見当たらなかった。

あちらはウチとは違い、親族が多くいる。

たぶん伯母が健在のうちは付き合いをしてても、そうでなくなったら徐々に切り離していくだろう。
以前にそんな事を言っていた事を思いだした。

きっと私もそうした1人なんだろうな
私にとっての従兄弟はそこしかいないが、あちらにとっての従兄弟は十数人、その配偶者も入れると何十人もいるのだから

葬儀に出るたびに、自分を取り巻く人がいなくなって行くのを感じてしまう。

遠縁とはいえ、近くに住んでいれば、多少なりと付き合いもあり、相談も出来るのかもしれないが、こんな時はちょっとだけ父が何故この地を出たのだろうと思ってしまう。

これも自分が「結婚」という家族を作るという事をしなかった結果なのだけど、やっぱり切ないし、孤独感が大きくなる。
きっと同じような思いをしている人はいるはずなのに、
私の周りだけにはいないのだよねぇ・・・。

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